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| ■物作りに賭ける匠(デニム縫製)の映像配信 |
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| ■物作りに賭ける匠(デニム染色)の映像配信 |
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| ■物作りに賭ける匠(デニム特殊加工)の映像配信 |
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■国産デニムの歴史
世界でも大きな注目を集める国産デニムの歴史は意外に短く 1970年前後に初めて生産がスタート。歴史としてはまだ30年強しかない。
本来はワークウェアであったジーンズがファッションアイテムとして 認知されだしたのはアメリカでも1950年代。 日本でもその流れに重なるように1950年半ばから中古ジーンズの輸入販売がスタート。 1960年代には日本製ジーンズの生産がスタート。 当時は生地はアメリカからの輸入。 こうした状況の中で国産デニムはアメリカのコーンミルズ社製のデニムを模倣する事からスタート。
現在"世界中のジーンズブランドの企画担当は常に日本を見ている"と言われるほど、 国産デニムへの評価は高いものになっています。 これはひとえに日本人のもつ独特の"こだわり"がコピーから抜け出し、 世界に通用するデニムを生み出したもの。 デニムの生地が生み出されるまでには原料となるコットンの選定から 紡績・染色・織布・加工とさまざまな工程を通るわけですが、 ひとつでも失敗があれば良いデニムとはなりません。
それぞれの現場にいる"匠の技"がジャパニーズデニムの品質 を支えている。
中でも広島のカイハラによる国産ロープ染色機の開発、 洗い加工の進化(ワンウオッシュ・ストーンウオッシュ・ケミカルウオッシュなど)、 クラボウによるムラ糸の開発などは、ジャパンオリジナルとして 世界のジーンズのトレンドに大きなインパクトを与える事になる。
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■ デニム縫製メーカー 塩田被服興業(株):代表 塩田 宣正(59) 昭和22年1月1日岡山県児島郡生まれ
■プロフィール 国産デニムの先駆けの時代に準じていた塩田氏は35年以上キャリアを持つ。 一流デニムブランドも数々手掛ける。一流は品質に決して妥協してはいけないと言う。
コンセプト(商品を作るのではない、作品を創ること)
■消費者に対していつもこんなことを気持ちに込め制作に励む業界のクラフトマン。 岡山はデニムの聖地であるが、このような本当の本物を追求する匠は今は少ないと言 う。熱意のない仕事は一切受け付けないと言う頑固な姿勢で今日もミシンを踏み続ける・・
日本の縫製にこだわり続け35年と言うキャリアを持ちながらもいまなお修行中と彼は言う・・
好きなこと・・歴史、ジーンズ造り
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■前田特殊加工所 : 代表 前田 英治(62) 昭和18年5月21日 岡山県倉敷市児島生まれ
■プロフィール:特殊ミシン歴30年
ボタンやステッチなど様々なディテールにこだわる匠の前田氏。 作り手は常に『 創意工夫 』を心掛けなければいけない。 日本の技術はまだまだ奥深い物がある。
人柄の良さもあり多くの縫製会社が詰め寄る特殊縫製会社。
好きなこと・・園芸
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■備南染工(株) : 従業員約30名
創業1921年(大正10年)、法人設立1984年(昭和59年) 糸の染から始まり、時代の移り変わりにより、細幅の綿製品、ビニロン糸、アクリルテープ 等の染色加工を経て、カジュアル製品の染色洗い加工をはじめたのが約17年前、現在は デニム製品をメインにカジュアル商品全般の洗い染色及び特殊加工。 少数精鋭で常にオリジナリティのあるものを開発。
洗い加工はジーンズに最後のお化粧を施す仕事なので色目やリアルな洗い加工にこだわりをもち
得意先のあらゆるニーズにも対応するべく日々精進中。 日本の洗い加工は日々変化しいつも先を読む目がいると言う。
温和で人柄の良さもあり多くのアパレル会社などが詰め寄る染工所。
■2代目:清板俊学(せいたとしたか)
1976年6月28日生まれO型 愛知県生まれ。千葉県に移り、幼稚園の年長時から父の里、 岡山県倉敷市育ち。 地元の小学校中学校を卒業し岡山市の私立高校に進学し、東京 農工大学工学部応用化学科へ入学。 大学院修士課程に進学したが、経済的な問題から学業を続けられなくなり、 実家の染工場でバイトしてお金をためて東京に戻るつもりが、 正社員になり早7年目、デニム中毒。 今は新しい加工を開発し商品化され売れることに幸せを感じる。
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